荒唐無稽の一種の話かもしれないけれど、僕の経験から導来された「食べてみなくても写真を見ただけで例えばカップラーメンの味が判別できる考え方」について説明したいと思います。おそらく別の物に対しても応用は可能でしょう。テレビゲームソフトのパッケージの見た目だけで面白さが判別できたことは僕の経験でも結構ありました。
最近のカップラーメン市場で特によく感じるのですが、見た目のデザインセンスが悪い商品は「不味い」可能性の危険がありますよとメーカー側が断りを入れているとしか思えないくらいその不味い美味い予感は的中しています。僕の主観的感覚かもしれないですが。
考え方としてはこういう考え方です。例えばたらこ味のカップラーメンがあるとしましょう。僕がここで美味そうと判断するにはデザインに不自然さがない、静かな自信のような雰囲気が漂っていることが前提になります。メーカー側に味への自信があって、ことさらおかしな強調などない自然体の表現がその写真に表され感じられたら美味いだろうと判断し購入動機になりたいてい外さない結果が出ます。
しかし、ここでパッケージデザインのたらこの文字だけがまるでたらこ唇みたいな異様な大きさで不自然に大きく表示されていたらどうでしょう。いかにも不自然、つまり不味そうに見える。メーカー側の自信というものが、不自然さを強調している程度のものだとしたら、その程度の自然体の普通の感覚の味において余り力を入れていない特殊な嗜好の味ということをメーカー側があらかじめ断りを入れていると考える考え方は自然と思えます。つまり嘘はつけない。会社の信用を考えると普通の感覚の味と少しずれた特殊な嗜好を意識した味[不味い?、人によって味覚の良し悪しはあるでしょうが(美味く感じる人もいるのでしょうが)、ニッチな特殊な嗜好の味で昔ながらの普通の感覚の味でないと見て取れる、という僕の感想、そういう普通の感覚で物凄い奇抜な味のカップ麺に最近よく出くわすから]なのに(昔ながらの感覚を表した)美味しそうな自然体の写真を載せたら消費者がそのメーカーを完全に信用しなくなる、という恐れがあるから嘘はつけない。
そう考えると写真だけで味が判別できるという考え方もあながち荒唐無稽とは言えないと思えるのですが。いかがでしょう?
味覚についての基礎的考え方は僕は漫画『美味しんぼ』の序盤の方で結構学べたし、参考、教訓になっていると思う。他色々あるかもしれないが、僕は僕の味覚とこの基礎的考え方で結構色々考えられた経験があった。
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